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福岡高等裁判所 昭和34年(う)922号 判決

被告人 池田義郎

主文

本件控訴を棄却する。

理由

二、原判示第二の職権濫用に関する所論。

凡そ公務員たる者は、法令もしくは慣例に従い誠実にその職務に従事すべきもので、もしその職権を行使するに適当な条件を具備しない場合であることを認識しながら、他人を害する目的で右条件を具備した場合と同一の処分をしたときは、まさに法令もしくは慣例を無視し、その職権を濫用した場合に該当することは明らかである(大判大正十一年十月二十日集一巻五六八頁参照)。

そして原判決によれば被告人は、原判示第二に判示されているとおり、債権者西隈定夫の委任により執行吏として債務者松浦マスヱ、同青木悦蔵に対する有体動産差押の強制執行をし、いずれも債務者の保管に委ねていたところ、右債務者から請求異議の訴並びに執行停止の申立がなされ、右差押物件の競売手続は昭和三十二年九月二十五日附執行停止決定により停止されていたのに拘らず、債権者西隈から同年十二月二十日頃債務者等を困らせる良い方法があれば執つて貰いたい旨懇請を受けるや、これを奇貨として競売々得金の流用もなし得ることに着目し、右差押物件に関しては民事訴訟第五百七十一条の特別処分を必要とする事由がないのに、恰かもこれに該当する事由すなわち債務者松浦は転居する模様であり、差押物件に盗難紛失の虞れある旨、及び債務者青木に関しては差押物件の価格低下、破損、変色、腐敗等を惹起する虞れがある旨を記載した差押物件競売施行申請書二通を前記債権者西隈をして提出せしめ、債務者等を害する目的で昭和三十三年一月六日債務者松浦マスヱの物件については金三万六千円で、同青木悦蔵の物件については金二十四万円及び金一万六千円で、それぞれ高橋春治に競落させ、その職権を濫用して右債務者両名をして競売手続を忍受するの已むなき事態に立到らしめ、その有体動産に対する所有権を喪失せしめるに至つた事実を肯認しているのであつて、本件記録を精査しても原判示認定を左右するに足る資料は発見できず、被告人の前示所為はそれ自体刑法第百九十三条の職権濫用罪に該当することは明らかである。従つて論旨は理由がない。

三、原判示第三の(一)収賄に関する所論。

原判決は被告人が昭和三十三年六月十一日佐田産業株式会社代表者安陪正からタクシー自動車乗車券一枚(価額二千三百二十円相当)の交付を受けたのを収賄罪に問擬しているけれども、右は前記安陪の懇請によつて被告人が予定していた当日午後の強制執行を午前中になしたためであつて、斯様な場合この種の便宜を受けることは一般慣例上是認されているところであるから、犯罪を構成しないというのである。しかし、事件は特別の事情ある場合のほか委任を受けた順序に従つて処理しなければならない旨執行吏事務処理規則に明定されており(第十九条)、本件記録によつても右規則にいう特別事情の存在した形跡は窺知することができないのみならず、執行吏は法定手数料のほか旅費宿泊料等正規の立替金費用の弁済を受け得る旨定められているのであるから、右費用以外に職務の公正を疑わしむべき多額の金員その他の報酬供与を受くべきではない。そして被告人は、前記のような特別事情の存在が認められないのに拘らず、原判示債権者側の特別の依頼により、その予定を変更して他の債権者よりもその強制執行の順序を優先せしめたことの謝礼として原判示タクシー自動車乗車券の交付を受けたものであることが優に認められるから、職務執行の公正を疑わるべき事情が存在するものといわねばならず、斯る場合涜職罪の成立を是認すべきである。所論のような一般慣行の存在を全面的に否定するものではないが、本件行為に関しては右慣行に依拠したもので違法性を阻却するものとは到底認め難い。従つて原判示はまことに正当であつて、論旨は採用の限りでない。

(裁判官 池田惟一 厚地政信 中島武雄)

(その余の判決理由は省略する。)

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